1月5日付で、日本郵政グループのトップ3者が辞任した。日本郵政は長門正貢社長、日本郵便の横山邦男社長、かんぽ生命の植平光彦社長がそれぞれ職を辞し、2016年4月から4年弱にわたる長門体制は一新された。現職の総務事務次官に、行政処分に関する情報を聞き出したと言われている日本郵政の鈴木康雄上級副社長も併せて辞任した。
これらトップの一斉辞任について驚きはない。かんぽ生命の不適切な保険販売は、日本郵政の内部調査においても社内ルール違反が1万3000件近くにのぼり、被害者の多くが高齢者、中には判断力が低下したお年寄りからも二重払いや短期間の被保険者替えをはじめとする不当な契約実態が次々に明るみに出るなど、公共性が極めて高い郵政グループ全体の信頼を根底から失墜させるような問題に発展した。保険販売にあたった郵便局員にブラック企業さながらの苛烈なノルマを課し、不適切販売の蔓延を助長させた責任は重く、たとえグループ全体が好調な郵便・物流事業に支えられて堅調な収益を上げていても社会通念上、到底許容されるものではない。
後任には、日本郵政に増田寛也氏、日本郵便には衣川和秀氏、かんぽ生命には千田哲也氏がそれぞれ新社長に就任した。衣川氏、千田氏はグループ内からの昇格になる。増田新社長は就任後の会見で、全18万件以上とも言われる、顧客が不利益を被った可能性ある契約案件の調査を3月末までに行うと決意表明した。本来顧客第一であるはずの保険事業の実態を根底から洗い出すことが、再発防止と組織立て直しの第一歩であると捉えているようだ。ぜひその決意を違えることなく実現してもらいたい。
今回の人事刷新で注目すべきは、民間出身者から官僚出身者へ経営陣が総入れ替えした点だ。増田氏は旧・建設省出身で、その後、岩手県知事、総務大臣、内閣府特命担当大臣を歴任した。衣川氏、千田氏も旧・郵政省出身だ。まさに、〝官から民へ〟と標榜すれば万事改善、という風潮に一石を投じる人事だと言えよう。
むしろ、今回のかんぽ生命不適切販売の問題がここまで悪化したのは、本来はユニバーサルサービスである郵政事業において、民間型利益追求、売り上げ至上主義の姿勢が行き過ぎたためだという指摘が少なくない。分野を問わず官業が民業へ移行する際、ともすれば民間マインドの浸透によって官業時代にはおざなりだった顧客サービスが向上する、との漠然とした期待感が広がることがある。確かに民営化によって、いわゆる〝親方日の丸〟体質から脱し、サービス向上を実現した例もあるが、民営化が分野や事業を問わない〝万病に効く薬〟のような効能を有さないことが、今回の件で明らかになった。
ユニバーサルサービスにおける規制緩和・民営化の流れは1980年代、欧州を中心に先行し、その手法が日本でも導入されたが、その欧州では一部が見直され、民から官へ流れが戻った例もある。著名な例として、フランス・パリでは85年に上水道を民営化したが、2010年に再公営化された。民営化によって水道料金が大幅に上昇する一方、経営状況が不透明だった点なども指摘されている。
以後、反動のように各地で公営化、コンセッション化への揺り戻しが起きている。水道、電気、ガス、郵便、ゴミの収集など、市民生活の基幹を成すインフラ事案が多い。もちろん、数としては公営に戻ったケースの方が多いわけではないものの、公共インフラの民営化という社会実験すべてが期待した成果を収めているわけではないことは注目すべきだ。
この点、日本では2018年12月コンセッション方式の導入を含めた改正水道法が公布された。供給責任者である市町村はPFI法に基づき、料金の上限設定や民間事業者への管理運営内容を定め厚労大臣がこれを許可するという流れになるが、翌19年に浜松市は市民の理解が進んでいないことを理由に、水道コンセッションの導入を延期する方針を発表した。コンセッション導入は自治体の判断に委ねられるが、現実として海外に成否の例が混在している以上、市民レベルで賛否の大勢が決するのは容易ではないと思われる。
むろん重要なのは、ユニバーサルサービスの運営主体の適否が官民いずれにあるのか断じることではなく、主体がだれであれ受益者である市民、国民にとって最善の形式は何かを常に検証する、ということだ。民営化が世界のトレンドなら何でももろ手を挙げて民営化に賛意するのではなく、また再公営化の動きが高まったとしてもそれは民間の関わりを全否定するものであってはならない。
日本郵政は今後、民間出身の経営陣による行き過ぎた利益至上主義を是正し、公的中立性の観点から事業者として本来在るべき組織運営の姿を取り戻してもらいたい。国民の信頼回復には長い年月を要するかもしれないが、地道に粘り強く日々の事業を、誠意をもって営んでいく以外に早道は無い。その過程で組織がタテ割り硬直状況に陥っていないか、効率性や費用対効果などの点で民間の長所を取り入れるべきではないか、絶えず内省することが求められる。官民の長所をバランスよく内包した、健全経営の成功例になるくらいの気概を持つことを期待したい。(月刊『時評』2020年2月号)