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首長に聞く【北海道余市町長 齋藤啓輔氏】

さいとう けいすけ/昭和56年11月2日生まれ、早稲田大学卒業、平成16年外務省入省。在ロシア日本国大使館、在ウズベキスタン日本国大使館、在ウラジオストク日本国総領事館などに勤務。内閣総理大臣官邸国際広報室を経て地方創生人材支援制度の一環で北海道天塩町へ副町長として出向。30年9月より現職、一期目。
さいとう けいすけ/昭和56年11月2日生まれ、早稲田大学卒業、平成16年外務省入省。在ロシア日本国大使館、在ウズベキスタン日本国大使館、在ウラジオストク日本国総領事館などに勤務。内閣総理大臣官邸国際広報室を経て地方創生人材支援制度の一環で北海道天塩町へ副町長として出向。30年9月より現職、一期目。

新型コロナワクチン接種において、好事例として全国的に報じられた「余市(よいち)モデル」。北海道余市町、仁木町、古平町、積丹町、赤井川村による広域連携で実施され、道内で最初に65歳以上の高齢者への接種を完了。起案者はかつて外務官僚から町長へ手を挙げた齋藤氏だ。先制的な動きの背景にもなった政策の合理性にかけるこだわりや、投資効率を重視した町のブランディング戦略についても話を聞いた。(本誌:重田瑞穂)

「総花的投資は非合理。
フラグを立て、成すべき一点を突破する」


北海道余市町長
齋藤 啓輔

近隣首長と連携できる素地

――早速ですが、今般のコロナワクチン接種で成功した「余市モデル」の成り立ちを教えてください。

 齋藤 余市(よいち)町は近隣一帯の拠点になっていて、他町村の住民の方でもかかりつけ医が同町にあるというケースが散見されます。私はワクチン接種を各自治体の枠を超えた広域連携によって効率化させようと近隣自治体の首長へ呼びかけました。余市へ予約やワクチンの管理を集約させ、5か町村どこのクーポンであっても余市で接種を受けられるように一元化したシステムを“秒速”で構築しました。医師会や大きな病院との連携も必要でしたが、平常時から良好な関係を構築できていたため、スムーズにタッグを組めたのです。

地図(提供:余市町)
(提供:余市町)
――齋藤町長の呼びかけに関係者各位が迅速に応じたわけは。

 齋藤 助けになってくれたのは、やはり日頃から築いてきた人脈です。私が住んでいる北後志(きたしりべし)というエリアは余市町を含む5つの自治体で構成されますが、私はこの首長たちと常に「LINE」でのグループトークなどを利用して雑談やアイデアから、困りごとの相談まで気軽に「どう思う?」とコミュニケーションがとれる関係を維持していました。今回の取り組みも、その一環から始まったわけです。
 自治体運営において、今や広域連携は欠かせません。例えば災害も自治体の枠など関係なく起こりますし、備蓄品管理は自治体間で連携して補い合うことが合理的でしょう。災害時には従来の乾パン、アルファ米といった一般的な非常食で対応できない高齢者や、アレルギーを有する方などが住民の20%ほど存在すると言われますが、これも今後はクラウドの活用などによって地域一帯で把握できるようになっていけばと思います。

――内閣府が発表する都道府県別ワクチン接種率によれば、北海道は他と比較して進捗が速いほうではありません。その中にあってなぜ余市モデルは先行できたのですか。

 齋藤 全国では、例えば東京都や福岡県は人口数の割に接種の進捗がスムーズで、素晴らしい能率だなと思って注目していました。しかし進捗に差が生じる主な原因は、他府県はもちろん北海道も決して職員の能力が劣るからではありません。余市モデルが限られた人員でも“秒速”で任務を完了できたのは、力を分散させずに進めたから。合理的に立てたフラグが帰結したものと考えています。私はこのような有事のとき、その緊急性を考慮して平素のルーティンとしての業務は全て止め、人的・予算的資源をコロナ対応にオールベットすると決めて断行しました。

市井の情報収集経験を基に

――外務省で在官されたご経験が、首長としての仕事に役立っているのでしょうか。

 齋藤 そうですね。特に在外公館に勤務する際は、朝から晩まで人と会ってあらゆる階層から情報を吸収しますが、政府要人や経済関係者との会合はもちろんのこと、その他でも例えばタクシードライバーや市場のおばちゃんとの世間話だって経済情勢の情報収集に役立ちます。そうして集めた重層的な情報が本省で政策立案に結びつくわけですが、この手法はまさに自治体運営にもそのまま生かせると気付きました。私は今インターネット上でも“余市”というワードの情報が新たに流れたら通知されるように、アラートも設定しています。
 それから実際に町長職へ就いてみると、行政組織はその規模によらず硬直化しやすいものだと実感しました。霞が関官僚も地方自治体職員も同じです。“縦割り”が障害とならないように責任は私がとるスタンスを心がけていて「まずやってみましょう」と、さらに公務員として誰のために仕事しているかを、職員とよく話すようにしています。当然、私たちの場合は余市町民のため、に他なりません。

――ワクチン接種以外でも、柔軟に対応されている政策事例を教えてください。

 齋藤 最近では、2030年度末に予定されている北海道新幹線の延伸に伴って、JR北海道から経営分離される函館本線の存廃について「並行在来線問題」が持ち上がりました。具体的には、余市を含む小樽から長万部間の赤字区間を第三セクターで引き受け存続させるか、廃止してバス転換にするかという二択を迫られる中で、北海道庁と沿線自治体の首長からなるブロック会議で議論を重ねてきました。
(提供:YouTubeチャンネル『鐵坊主』)
 しかし本線の中でも余市―小樽の区間は都市部である上、所要20分強で通勤・通学の利用も多く、輸送密度は2千人を超えています。これは対象区間全体の623人(18年度調査)に比べ桁違いであり、道内全体で見ても上から7番目ぐらいの需要。バスで輸送を代替できるとは思えません。そこで私は「この区間だけ個別協議」という3つ目の選択肢を入れてもらうことにしました。

 さらに鉄道に関して重層的な知見を集めたいと考えていたところ、情報収集をする中で偶然に興味深い存在を発見しました。それは、北海道庁が公開した会議の資料をもとにYouTube上でこの問題を詳しく解説していた“鉄道解説系YouTuber”の「鐵坊主(てつぼうず)」さん。過去の動画も確認すると、鉄道に関する諸問題を学術的かつ客観的に分析されていて非常に分かりやすかったため、コラボを依頼してみたら快く引き受けていただけたのです。
 鐵坊主さんのYouTubeチャンネル上でオンライン会議を公開したり、私も登場して説明をしたりと「並行在来線問題」を取り上げてもらったところ、コメント欄も非常に活性化し、余市―小樽間の路線についてあらゆる側面から専門性の高い意見や示唆に富むアイデアが寄せられて議論が深まりました。鐵坊主さんのフォロワーは何万人もおられ、さらにその中に多くおられる鉄道ファンの方々は鉄道に対して凄まじい知見を蓄積している層だと改めて感じます。
 それにしても、YouTubeをシンクタンク的役割として市井の声を含めた情報を吸い上げるという手法には今後の可能性を見ました。政策検討プロセスにおいて専門性の高いYouTuberとそのフォロワーへの参画を、まちづくりなど他の分野でも要請できたら面白いなと。

政策の指針は合理性

――長期的には、地域の持続的発展を図るためにどういった方針をお考えですか。

 齋藤 これから日本は未曾有の少子高齢化に直面しますが、自治体としては人口減少自体をもう所与の条件として政策立案せねばなりません。その上で、地域全体としての収入を維持していけば、相対的に個人所得は向上します。そして個人の所得を守り伸ばすことができれば地域経済が成長を遂げる活力となり、いずれ人口減少の改善にもつながるということが私の政策コンセプト。不可欠なのは投資効率の高い分野への集中配分です。
 ただ、地方自治体が自ら効率を考えて配分できる範囲と、国費で対応すべき国家戦略に関わることは区別せねばなりません。例えば出産育児一時金は原則42万円まで引き上げられているものの、私は全額負担にすべきと考えています。これも町の予算でできるものなら実施したい政策ですが、地方自治体にそこまでの余力はありません。少子化対策はまさに国家戦略として政府が主導すべき課題に分類できるでしょう。
 また、非合理的な因子を打ち壊していくことも重要です。最近ではようやく政府がHPV(ヒトパピローマウイルス)の予防ワクチンについて勧奨再開の方針を決定しましたが、かねてより私はHPVワクチンの積極的な情報収集と勧奨を自分の政策に取り入れ、HPVウイルス感染確認用のセルフキット配布などを実施していました。もはやグローバル目線では「子宮頸がんなんて昔の病気」が常識になっていますし、ワクチンを打たないことが非合理だと思いますから。

――余市町はワインの産地として世界的に知名度が上昇中ですが、これもまさに投資効率の高い産業を伸ばすという狙いによるものでしょうか。
ワインの数々
(提供:余市町)

 齋藤 余市町はもともと、冷涼な気候がフランスのブルゴーニュなど世界有数のワイン産地と似ており、道全体のワイン用ブドウ生産量の50%以上を作っているほどブドウ作りに適した土地でした。最近では温暖化の影響もあって“ワインの王様”とも言われる繊細なブドウ品種、ピノ・ノワールの栽培が盛んになり、新規参入するワイナリーも相次いでいます。この面白いポテンシャルを生かすために、「ワインの町」としてのポジションを築くという一点突破の方針でオリジナリティを極めてきました。
 世界各国を探しても、こんなに大都市圏に近くブドウ畑が広がるエリアってなかなかありません。フランスで一番大都市に近いブドウ産地はシャンパーニュ地方ですが、パリから130キロは北東に離れています。対して、余市町は大都市・札幌から58キロ、高速道路を使えば車で40分程という好立地。

唯一無二の余市町ブランドを

――余市産ワインの海外展開においてはどのような戦略を。

 齋藤 海外でマス層を狙おうとすれば規模の経済が働き、いかに大量生産を行ってコスト削減をするかという方向性になってしまうため余市町には向かないと思いました。だから、当町では余市産ワインが持つ品質の力を生かす戦略をとって、世界最高峰のいわゆるトップティア層を狙った“入手困難なレアワイン”というブランド構築を進めています。例えば以前、世界でも著名なレストラン「noma」(デンマーク・コペンハーゲン)を私が訪問して余市産のワインを紹介してみたところ、リスト入りを果たしました。同店はイギリスの出版社が毎年発表している「世界のベストレストラン50」で本年5度目の1位に輝き、オンリストされた余市産ワインは既に世界中で取り合いの状態になっています。

――首長によるトップセールスは、産業が育っていく上での方向づけになるのですね。

 齋藤 私は北海道出身でありつつも、子どもの頃は田舎に魅力を感じませんでした。外務省へ入省して以来ずっと海外と東京を行き来する生活でしたが、ロシア関係を専門としていたため北方領土問題を担当する上で十数年ぶりに北海道を訪れる機会があり、かつてと異なった印象を故郷に抱いたのです。その時気付いたのは、土地のポテンシャルが生かされていないのではないかという点でした。“もったいない”と。それで、きちんと「方向づけ」ていく仕事をしたいという思いで町長職に手を挙げました。
 JR余市駅前に広がる赤い屋根の蒸留所は、おそらく全国でどなたでも一度はラベルを目にしたことがある、有名な「ニッカウヰスキー」のもの。以前は余市町に年間を通じ100万人の観光客が訪れ、そのうち実に6割がこの蒸留所を目指していましたが、コロナ禍で蒸留所が見学を一旦停止していたため数か月は観光客の足が遠のきました。他方、ワイナリーへ訪れる観光客やボランティアの数はコロナ禍でもさほど影響を受けていません。町ではSNSを利用して「余市町農園応援サポーター」の募集を行い、ブドウ収穫などのボランティアに関心がある方と農家をつなぐ取り組みも行いましたが、開始直後に全国から応募が殺到し募集枠がすぐに埋まるほど好評を博しています。
 ワイン一点突破でもそこから裾野が広がり、ブドウを収穫してボトリングして終わりではありません。食や宿泊の振興にも直結しますし、副次的な製品にも工夫の余地が多くあり、雇用や文化の創出にもつながる一大産業と捉えると、さらに巨大な可能性が潜在するはずです。予算を総花的に配分していくのではなく、ワイン特区としてインセンティブをつけた投資をする。短期的には他の産業から批判や心配の声も寄せられますが、それを上回るメリットが見込めるなら、成長に向かう投資に挑むべきだと思うのです。



(本記事は、月刊『時評』2022年1月号掲載の記事をベースにしております)